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恐怖を忘れないために、そして少しでも多くの人が救助されますように  

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被災されたみなさまに心からお見舞い申し上げます。
そして、ひとりでも多くの方が御無事であることを心からお祈りしています。

***
2011年3月11日14:46頃 1回目。
2日前の地震の時、都内に勤務する友人たちはほとんど揺れを感じなかった、と言っていたけど、私は会社の中で(11階だての11階)震度4くらいはあったんじゃないか、といつまでも続く船酔いのような揺れとともに恐怖を感じたのだけど、それを軽くうわ回る激しくて長い揺れ。
社内には私ともう一人女性がいただけ。立って歩けなくなる前に彼女を小部屋から呼んできてなるべくモノが飛んでこない部屋の中央の机の下に座り込む。
揺れも怖いけど、音の怖さを実感。
バタン、ドタンと倒れてくる簡易の棚やパソコン、冷蔵庫、ポットはコンセントが外れて落下、書類がバサバサと棚や机から落下、極めつけは時計が落ちてガラスの割れる音。。。

ひとりじゃなくて本当によかった。
一回おさまったところであたりを見回してどーしよ、、と立ちすくむ。
マグニチュード8.8 国内史上初の激震。
私のデスクまわり。

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社長に連絡しなきゃ、、と携帯を探そうと立ち上がると散乱ぶりに唖然とする。とにかく出口を開けなきゃ、と室内と玄関、非常階段の扉を全部急いであける。開いてよかった。
と、また激しい揺れ。
さっきより激しく感じる。部屋に一瞬戻っていた同僚を呼び手を取り合ってさっきのテーブルの下に。
こわい。本気でこのままこのビルはバタンと倒れてしまうのではないか、と思った。
この最中電話がなって近くの電話ととったら関西支店の同僚だった。けど、震えてしまって話すどころじゃなくごめんなさい!と切ってしまった。
おさまったところで、ここは危険、もう外に出よう、と自分の荷物をとりあえず持って非常階段で外へ。
近くに日銀や大手会社の社員たちが大勢外に出て避難していてその姿を見たら少しだけほっとした。

外で少し様子を見ている間に奇跡的にかかった携帯で社長と親の無事を確認。会津にいる兄と都内にいる兄嫁にはメールで無事確認。小さな揺れを感じつつばらばらと解散している様子の人々を眺め非常階段で11階まで戻る。
ラジオをつけて状況をききながら、片づけるのは無理だけど、散乱したものを少しまとめた。
割れたガラスは怖いのでそのまま放置。サーバーやパソコン類を落下しないように机の下におろし、とりあえず今日、明日どうしても連絡をとらなきゃいけないお客さんのリスト、何かあってはいけないから、と通帳と印、金庫内の現金を自分のバッグに入れて帰ることにする。

途中の階で他社の社員さんに様子を聴いてみると、キャビネットが倒れてきたとか、会議室のドアが開かなくなったとか言っていた。
首都高封鎖。

同僚と気をつけてね、と言ってわかれたあと、明日中に届けなければいけない書類を忘れたことに気づいてまた11階まで階段を上る。ちかくの宅配便のオフィスに立ち寄り無事預ける。担当者がいてよかった。
雨がパラパラと降っているみたい、傘も持つ。
電車は止まってるらしいけど、家に帰らなきゃ。
たぶんここから家まで30キロくらい。走れば3時間強、今なら3時間半以上か・・。それから計算して今日中になんとか帰れるか、無理か・・とぼんやり考える。足元は8センチヒールだし。
とりあえず東京駅に向かいながら、Twitterで状況を確認する。
携帯は通じにくいけど、国際電話が無料らしいと興味本位で入れた「Viber」というアプリは通じる。3GでもWifiでも普通に通じるのだ。何人かと話して意を決して帰ることにする。

さて、長時間。
栄養補給のために食糧を、、と思ったものの売店はどこも空っぽ。うーむ、お土産でも買うか、と思っていたら目の前にドラッグストアが。ここにカロリーメイトやソイジョイ、ゼリー飲料などまるでランナー仕様のもの(他にスナック菓子もあり)があったのでそれを購入。本屋で一応ルートを確認して、国道1号線への行き方を頭に入れて出発。
17:35。

歩道はどこもかしこも渋谷のセンター街か?と思わせる混雑ぶり。大手の社員さんたちは会社で配布されたらしいヘルメットやこんな非常袋を背負って、集団で歩いていた。
私は一人だったけど、あまりに多くの同志がいて心強かった。
多くの携帯が一斉に緊急地震速報を受信するときのイヤな音。
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途中、写真を撮っている人が多くいたので何だろう?と見てみたら東京タワーが!
こんな間近で、ライトアップされたのみたの初めてかも。疲れてきた時にこの姿が目に飛び込み励まされる。
富士山みたり東京タワーみたり、、こういうものでも励まされるんだな。
と、ここで「横浜 30キロ」と表示をみてがっくり、、萎えた。
会社からすでに2時間近く歩いてるのに・・。しかし萎えてる場合じゃない。
長期戦に備えて手まねきしてトイレやコーヒーを提供してくれていた「幸福の・・・」に入る。
ここに入った途端Iphoneが突然落ちてそのまま電源が入らなくなった。。何か受け取った?

水を飲んでソイジョイを1本食べて出発。コーヒーはトイレ予防にパス。
まだまだ元気、と思っていてもいったん座ったり立ち止まるとしばらく動きが鈍くなって辛いんだ。走っている時もそうだったことを思い出して、ここから先はどうしてもトイレに行きたくない限りは休まないで行こうと決意する。
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もう時計もみない。
ただひたすら家を目指して歩くのみ。
どんなにつらくてもきつくて、家の場所は変わらないから小さな一歩が確実に家を近付けるのです。
そう思って、鼻歌歌ったり、無理やり口角をあげたり、独り言を言ったり、下向きたくなるとNYマラソンで「顔あげて」「前むいて」なんて言われたことを思い出して無理やり顔を上げる。
バスは動いていたけれど、何本も歩いている私のほうが追い越した。結局乗れた人も途中で歩きだす人多し。
道路は大渋滞。
途中で電車に乗れるか、タクシーになんて思ってたけど乗れなかったし、乗らなくてよかったかも。
川崎まで9キロと見えた時に一回目の元気回復
家に帰るまでにわたる川2本のうち、多摩川。神奈川県に入った!
横浜までの距離もだんだん減る。最寄の地名が登場してあと6キロの文字に心がほころぶ。
でもここからが長かった。
ハマキを吸いながら歩いているヤツがいた。
足が限界。いわゆる肉球と言われる部分がもう痛くて痛くて、ほんのちょっとの凸凹や石ころに激痛が走りよろける。歩道が横に斜めなところもだめ、意外と上り坂は楽。下りはだめ。何本も歩道橋を渡るために階段の上り下り。
途中同じように歩いているお父さんたちと会話したり、励ましあいながら進む。
遠くにランドマークタワーが見えてきた。まだまだ距離はあるけど、家が一歩ずつ近づく。
一歩というより半歩。大腿部が固まってくる。腰が痛い。くしゃみしたらぎっくり腰になりそう。
荷物が両肩に食い込んで激痛。
ああ、また下り坂。。と思ったら隣の駅前に着いた!
ここまでくるといつの間にか人は減っていたけれど、それでも歩いている人はまだまだいるのだ。
イチニイチニとリズムを取りながら半歩ずつ足を進めてようやく到着。
1:40。トータル8時間。
トイレ休憩3分くらいとコンビニに前で2回ほどストレッチ。
会社から歩いた距離≠31キロ。

歩ける自分の健康に感謝。去年走った距離の合計はたった30キロ(1年で)くらいだけど、フルマラソン5回走った経験は大いに役に立った。30キロで帰れると思ったら、待機するより歩くことを選択したし。

*途中企業や商店、レストラン、普通のマンションなど、いろんなところでトイレ使って下さい!の案内。
 場所によっては温かいコーヒー、お茶飲んでって!とか、おにぎりどうぞ!とか。
 ホントにありがたい。
*他人でもこういうときは同志。ヨタヨタ歩く私を抜かすときも無理やりどかしたりせず、ちょっと広くなったと ころで小走りで抜いてくれたり、がんばりましょう!と声をかけてくれる人多数。感謝。
*ラジオやテレビの音を聴こえるように流してくれている人が結構いた。
 年齢や性別に関係なくみんないい人たちだよ。
*途中補給したもの。ソイジョイバナナ2本、カロリーメイト1本。水少々、ガム2回。

家の中は電気、ガス、水すべて大丈夫。モノも落ちた様子なし(と思ったら本が10冊くらい落下していた)で我が家は奇跡的に大きな被害はなし。
帰宅報告を家族にして、充電し、PCつけると多くの人からメッセージが来ていた。ありがとう。
座っても立っても横になってもずっと船の中にいるような感覚。
そしてテレビをつけて唖然。

8時間歩くことなんて、どーってことない。
ひとつの街が消えてしまった。思わず目をそむけたくなるような信じられない映像の数々。
まったく情報が知らずにいたけれど、日本が壊れてしまいそうな凄まじさだった。
どうか出来るだけ多くの人が救助されますように。
日常生活が少しでも早く戻りますように。

(備忘録・・そう何度もあっても困る・・祈るのみ)
*携帯充電用コンセント、電池式のものは常に持ち歩く
*会社にスニーカー
*自宅には懐中電灯、携帯充電、電源じゃなく電池などエネルギー補給のもの
 非常袋はリュックで
*Twitter、Viberの威力はすごい。家族と共有
*断水のためにバスタブにいつも水をためておく(これは阪神大震災を経験した上司に聞いてからずっと実行してます、1週間旅に行く時でも。バスタブ分あればトイレも大丈夫)
*会社、自宅の避難場所確認

(追記)
私にできることを考える。
 できる限り早く日常生活に戻ること、戻すこと。
 幸い被災していない私は、一日も早く復興させるための努力をしなければ。
 一日も早く笑顔が戻りますように。
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  • ・・なう。
  • TAZO

category: 今日のつぶやき

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コメント

大変でしたね。本当にご無事でなによりです。
nanaさんの判断力と行動力に拍手!!です。

そして、ちょっと変ですが、自宅へのゴールおめでとうございます。

地震直後、会社で状況確認と処置対策に迷っているときにnanaさんのツイッターでのオフィス写真を見て、ただごとではないし、東京がこれなら想像以上に大変なことになると、その時初めて認識できました。

お陰様で、早めの判断、社員の帰宅決断もできました。

そして、私が住む町も東南海地震を控えています。
nanaさんの健忘録しっかりMEMOさせていただきました。

東京は電力や交通、まだまだ大変なようですが、
早く正常化することをお祈りしてます。

みんみん #- | URL
2011/03/14 13:34 | edit

>みんみんちゃん
ありがとー。
私はもちろん日本中のほとんどの人が経験したことない大規模震災なので備えなく突然で、多くの人が混乱と恐怖を味わったんだろうと思うの。混乱とか恐怖と言ってる割りにはことの重大さがわかってなくて写真をとるハイテンションぶり^^;

誰もがどうしたらよいか、何からしたらよいかをすっかり忘れてしまっている状態。
でも、子供の頃から避難訓練をやってきたことや、直接被害に合わなくても各地で起きた震災のニュースの経験が活きたんだなぁと実感しました。
窓から離れる、出口を確保する、机に潜る、、、
ビバ!ニッポンです。
引き続き各地で揺れていたり停電があったり、さらには原発まで。
少しでも冷静にそして日常生活を粛々と淡々と過ごせるよう頑張ります!
そしてまだまだ諦めず、一人でも多くの方がみつかり一日も早くみんなに笑顔が戻るよう心を繋いで乗り切りましょ!

nana #- | URL
2011/03/16 00:14 | edit

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